赤浦

浦名 赤浦(あかうら)
神社名 旧社名:地蔵尊
現社名:不明
祭神 地蔵尊
所在地 出雲市坂浦町赤浦
赤浦海岸

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赤浦参拝

赤浦海岸への道は、二つありますが、坂浦港西側から海岸沿いに山へ登っていく道が比較的緩やかといえます。

しかし坂浦港から赤浦まで1kmばかりと案内がありますが、足腰に自信のない方は、船で行く方法があります。釣り人の渡船をされている郷原誠さん(090 4658 9397)にご相談ください。外海に出ますので天候にご注意ください。

坂浦港から赤浦への道は、急峻な未舗装の道が続く巡礼古道で、1100年の歴史を感じさせます。坂を登りきって右側に開ける日本海の眺めは爽快です。石だけの海岸で海が荒れているときは、波の音が高くすべての音が消えて、むしろ静けさを感じさせます。

赤浦にはトイレがありません。坂浦港の入り口当たりに漁協があり、日中は使用させていただけると聞きました。トイレは鞆前神社の鳥居手前にもあります。

赤浦

赤浦は宝永七年の四十二浦には数えられていない

赤浦は宝永七年の四十二浦には数えられていない。文久三年の熊野の金崎善平の巡りにおいては坂浦と古井津の間で「地蔵尊」として紹介されている。「地蔵尊」に関しては赤浦の東の岬が「地蔵鼻」であり、坂浦から赤浦へ抜ける所には一畑薬師の奥の院が鎮まる。「地蔵尊」と「一畑薬師」、ひいては「地蔵」と「薬師如来」の関係が今ひとつ受け止められないが、伝承では地蔵鼻の森にあった石地蔵が海中に落ち、それが大社町に流れ着いたといい、また赤浦では寛平六年、地元の与市が「みさご島(燈明島・えぼし島)」辺りから丸い石を捧げ持つ木仏を見つけ、祀ったという一畑薬師の由緒もある。「地蔵尊」は薬師地蔵尊の可能性もあろう。 

享保二年の『雲陽誌』には「地蔵滝 五十間ほどあり、此東の瀬崎に窟あり、此の中に地蔵を安置す」とみえており、金崎善平等一行が拝観したのはその地蔵の可能性が高い。 

赤浦は二百メートルほどの小さな浦であるが、浦名が語るように赤色の小石が広がる風光明媚な海岸であり。海上には烏帽子のような「ミサゴ島」が浮かんでおり、与市の世界を思い出させる。(関 和彦)

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浦名 赤浦(あかうら)
神社名 旧社名:地蔵尊
現社名:不明
祭神 地蔵尊
所在地 出雲市坂浦町赤浦
現地までのアクセス
浦巡りガイド

赤浦海岸への道は、二つありますが、坂浦港西側から海岸沿いに山へ登っていく道が比較的緩やかといえます。

しかし坂浦港から赤浦まで1kmばかりと案内がありますが、足腰に自信のない方は、船で行く方法があります。釣り人の渡船をされている郷原誠さん(090 4658 9397)にご相談ください。外海に出ますので天候にご注意ください。

坂浦港から赤浦への道は、急峻な未舗装の道が続く巡礼古道で、1100年の歴史を感じさせます。坂を登りきって右側に開ける日本海の眺めは爽快です。石だけの海岸で海が荒れているときは、波の音が高くすべての音が消えて、むしろ静けさを感じさせます。

赤浦にはトイレがありません。坂浦港の入り口当たりに漁協があり、日中は使用させていただけると聞きました。トイレは鞆前神社の鳥居手前にもあります。

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赤浦海岸
赤浦参拝

赤浦は宝永七年の四十二浦には数えられていない

赤浦は宝永七年の四十二浦には数えられていない。文久三年の熊野の金崎善平の巡りにおいては坂浦と古井津の間で「地蔵尊」として紹介されている。「地蔵尊」に関しては赤浦の東の岬が「地蔵鼻」であり、坂浦から赤浦へ抜ける所には一畑薬師の奥の院が鎮まる。「地蔵尊」と「一畑薬師」、ひいては「地蔵」と「薬師如来」の関係が今ひとつ受け止められないが、伝承では地蔵鼻の森にあった石地蔵が海中に落ち、それが大社町に流れ着いたといい、また赤浦では寛平六年、地元の与市が「みさご島(燈明島・えぼし島)」辺りから丸い石を捧げ持つ木仏を見つけ、祀ったという一畑薬師の由緒もある。「地蔵尊」は薬師地蔵尊の可能性もあろう。 

享保二年の『雲陽誌』には「地蔵滝 五十間ほどあり、此東の瀬崎に窟あり、此の中に地蔵を安置す」とみえており、金崎善平等一行が拝観したのはその地蔵の可能性が高い。 

赤浦は二百メートルほどの小さな浦であるが、浦名が語るように赤色の小石が広がる風光明媚な海岸であり。海上には烏帽子のような「ミサゴ島」が浮かんでおり、与市の世界を思い出させる。(関 和彦)