十六島浦

浦名 十六島浦(うっぷるいうら)
神社名 許豆神社(十六島稲荷神社)
祭神 宇迦之御魂神
猿田毘古命
天宇受売命
所在地 出雲市十六島本郷826
十六島浦 許豆神社
境内の紫菜島神社

十六島浦許豆神社は、海岸道路から集落の道路を百メートルばかり歩いて登ると、更に二七〇段の石段が目前に見えて、躊躇しつつ息を整えて登り進みますが、降りるときには楽になり登る時の辛さがウソのように楽になりました。神社本殿の右側には、紫菜島神社の鳥居が立ち十六島海苔の神様が鎮座していました。紫菜島神社は、もとは本郷集落船津にちいさい祠に祀られていたと言うことです。

十六島浦のノリがいわゆる「ウップルイノリ」の採取現場とされていますが、海苔の産地としては唯浦の方までを総称しているというのは最近知りました。ノリの岩場では、さっきまでなぎだったのが、突然大きな波が突然襲ってきて、命を落とすこともあると聞きます。恐ろしい処ですが、そのような大変な時期にノリは採取時期を迎えるのです。正月の雑煮はウップルイノリをそえるといつも何となくめでたい気分になります。河下港の海苔、三津浦の海苔、唯浦のかしかめ、島根町のカジメ等寒い時期の島根半島は海藻の宝庫です。

※北浜公民館の北側に「いきいき朝市」があります。鮮魚などを直接販売されています。
 海が荒れて漁がないときは、開店しないことがありますので、電話で確認して訪ねてください。
 TEL 0853-66-0665
  開店時間 午前9:00~12:00 午後4:00~6:00
  定休日 水曜日
   ・吉川商店(小沢)090-7976-9595




十六島獅子舞 地区内巡幸

十六島の「鼻(岬)」、本郷集落の大光寺から民家の間を数百段の天をつくような石段を登る

十六島風車公園無人案内所

十六島の「鼻(岬)」、本郷集落の大光寺から民家の間を数百段の天をつくような石段を登る。「稲荷大明神」、現在も通称「稲荷神社」として親しまれているのは十六島町本郷の許豆神社である。祭神は当然、稲荷の神・宇迦之御魂神であり、猿田毘古意命・天宇受売命を併せ祀っている。漁業を生業とする地域社会に「稲荷」は似合わないが、社伝によれば文政七年に宮司が伏見稲荷から分霊を勧請したという。しかし、宝永七年(1710)年の板木にすでに「稲荷大明神」と見えており、社伝は不審であり、それ以前から「稲荷」の呼称を有していたことがうかがえる。

もと部落の船津にあった「紫菜島神社」が境内に遷座されたというが、今は確認できない。地域の産業、十六島海苔にかかわる神社であり、その神跡の確認が望まれる。(関 和彦)

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浦名 十六島浦(うっぷるいうら)
神社名 許豆神社(十六島稲荷神社)
祭神 宇迦之御魂神
猿田毘古命
天宇受売命
所在地 出雲市十六島本郷826
現地までのアクセス
浦巡りガイド

十六島浦許豆神社は、海岸道路から集落の道路を百メートルばかり歩いて登ると、更に二七〇段の石段が目前に見えて、躊躇しつつ息を整えて登り進みますが、降りるときには楽になり登る時の辛さがウソのように楽になりました。神社本殿の右側には、紫菜島神社の鳥居が立ち十六島海苔の神様が鎮座していました。紫菜島神社は、もとは本郷集落船津にちいさい祠に祀られていたと言うことです。

十六島浦のノリがいわゆる「ウップルイノリ」の採取現場とされていますが、海苔の産地としては唯浦の方までを総称しているというのは最近知りました。ノリの岩場では、さっきまでなぎだったのが、突然大きな波が突然襲ってきて、命を落とすこともあると聞きます。恐ろしい処ですが、そのような大変な時期にノリは採取時期を迎えるのです。正月の雑煮はウップルイノリをそえるといつも何となくめでたい気分になります。河下港の海苔、三津浦の海苔、唯浦のかしかめ、島根町のカジメ等寒い時期の島根半島は海藻の宝庫です。

※北浜公民館の北側に「いきいき朝市」があります。鮮魚などを直接販売されています。
 海が荒れて漁がないときは、開店しないことがありますので、電話で確認して訪ねてください。
 TEL 0853-66-0665
  開店時間 午前9:00~12:00 午後4:00~6:00
  定休日 水曜日
   ・吉川商店(小沢)090-7976-9595




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十六島浦 許豆神社
境内の紫菜島神社
十六島獅子舞 地区内巡幸
十六島風車公園無人案内所

十六島の「鼻(岬)」、本郷集落の大光寺から民家の間を数百段の天をつくような石段を登る

十六島の「鼻(岬)」、本郷集落の大光寺から民家の間を数百段の天をつくような石段を登る。「稲荷大明神」、現在も通称「稲荷神社」として親しまれているのは十六島町本郷の許豆神社である。祭神は当然、稲荷の神・宇迦之御魂神であり、猿田毘古意命・天宇受売命を併せ祀っている。漁業を生業とする地域社会に「稲荷」は似合わないが、社伝によれば文政七年に宮司が伏見稲荷から分霊を勧請したという。しかし、宝永七年(1710)年の板木にすでに「稲荷大明神」と見えており、社伝は不審であり、それ以前から「稲荷」の呼称を有していたことがうかがえる。

もと部落の船津にあった「紫菜島神社」が境内に遷座されたというが、今は確認できない。地域の産業、十六島海苔にかかわる神社であり、その神跡の確認が望まれる。(関 和彦)