猪目浦

浦名 猪目浦(いのめうら)
神社名 【旧社名】大歳大明神【現社名】大歳神社
祭神 大歳之神
所在地 出雲市猪目町229(猪目分校前)
猪目浦
猪目浦
 

大歳神社は、出雲大社から猪目峠を越えて海辺辺りまで下り開眼少し手前、バス停前の川向かいの小学校跡の横に鎮座しています。小学校が開いている頃、この地域の子供達は、毎日この神社の祭神が見守る中、グランドで体操の授業、放課後の遊びに興じていたのかと思うと何かしら感慨があります。

十月下旬の秋の大祭に舞われる幸せを招くと共に厄病退治や悪魔払いとして伝わる獅子舞は、人口減少のため、中断していました。この「猪目獅子舞」は、平成25年から猪目出身者が祭りのときに帰ってきてを復活されています。獅子役、お囃子、天狗役等人数を要し、猪目出身者以外でも舞手を募りたいと聞きました。

猪目には、縄文から古墳時代にかけての埋葬や生活を物語る数々の遺物が発見された洞窟「猪目洞窟」が神社から海岸に出てすぐのところにあります。出雲国風土記にある黄泉の国への入口と云われており、ここへ行く夢を見るとその人は必ず死ぬと聞かされていました。それでも見に行くのはどうしたことでしょうか。行って見ると奥行き十メートルばかりの岩穴ですが、伝説を思い出すとあやしげな雰囲気の洞窟です。南海産の貝ゴホウラ製腕輪(うでわ)をはめた弥生時代の人骨や,舟材を使った木棺墓(もっかんぼ)に葬られた古墳時代の人骨,稲籾(いなもみ)入りの須恵器(すえき)を副葬した人骨などが発掘されましたが、今は出雲市駅の東側、斐伊川に架かる南神立橋の西側付近、一畑電車「大津町駅」から歩いて二十分の「出雲弥生の森博物館」に展示・保管されています。

猪目獅子舞
山の神

江戸時代から猪目村の守護神は「大歳」の神であったと思われる。垢離歌にも神名がみえ、「おほとしの神」と詠まれている。享保の『雲陽誌』の時代から社殿は二社あり、上下で区別されていたようである。現在も二社あり、上下で呼ばれている。

「大歳」の神とは普通名詞的であるが、『古事記』によればスサノヲ命が大山津見神の女、神大市比売に生ませた子神が「大年神」と「宇迦之御魂神」とされており、「宇迦之御魂神」、即ち稲神の兄と位置づけられている神であり、一「年」の農耕を見守る神と思われる。(関 和彦)

187
浦名 猪目浦(いのめうら)
神社名 【旧社名】大歳大明神【現社名】大歳神社
祭神 大歳之神
所在地 出雲市猪目町229(猪目分校前)
現地までのアクセス
浦巡りガイド
 

大歳神社は、出雲大社から猪目峠を越えて海辺辺りまで下り開眼少し手前、バス停前の川向かいの小学校跡の横に鎮座しています。小学校が開いている頃、この地域の子供達は、毎日この神社の祭神が見守る中、グランドで体操の授業、放課後の遊びに興じていたのかと思うと何かしら感慨があります。

十月下旬の秋の大祭に舞われる幸せを招くと共に厄病退治や悪魔払いとして伝わる獅子舞は、人口減少のため、中断していました。この「猪目獅子舞」は、平成25年から猪目出身者が祭りのときに帰ってきてを復活されています。獅子役、お囃子、天狗役等人数を要し、猪目出身者以外でも舞手を募りたいと聞きました。

猪目には、縄文から古墳時代にかけての埋葬や生活を物語る数々の遺物が発見された洞窟「猪目洞窟」が神社から海岸に出てすぐのところにあります。出雲国風土記にある黄泉の国への入口と云われており、ここへ行く夢を見るとその人は必ず死ぬと聞かされていました。それでも見に行くのはどうしたことでしょうか。行って見ると奥行き十メートルばかりの岩穴ですが、伝説を思い出すとあやしげな雰囲気の洞窟です。南海産の貝ゴホウラ製腕輪(うでわ)をはめた弥生時代の人骨や,舟材を使った木棺墓(もっかんぼ)に葬られた古墳時代の人骨,稲籾(いなもみ)入りの須恵器(すえき)を副葬した人骨などが発掘されましたが、今は出雲市駅の東側、斐伊川に架かる南神立橋の西側付近、一畑電車「大津町駅」から歩いて二十分の「出雲弥生の森博物館」に展示・保管されています。

ENGLISH PAGE
猪目獅子舞
山の神

江戸時代から猪目村の守護神は「大歳」の神であったと思われる。垢離歌にも神名がみえ、「おほとしの神」と詠まれている。享保の『雲陽誌』の時代から社殿は二社あり、上下で区別されていたようである。現在も二社あり、上下で呼ばれている。

「大歳」の神とは普通名詞的であるが、『古事記』によればスサノヲ命が大山津見神の女、神大市比売に生ませた子神が「大年神」と「宇迦之御魂神」とされており、「宇迦之御魂神」、即ち稲神の兄と位置づけられている神であり、一「年」の農耕を見守る神と思われる。(関 和彦)