3.3 島根半島四十二浦巡り再発見研究会「故 関 和彦 研究座長」の逝去について

・4月3日(水)故関和彦氏の葬儀が、午前10時半から12時まで、東京中野区の「宝仙寺大師堂」で神式により執り行われました。中学校・高等学校の校長を務めておられ、日本地名研究所所長を務め、この6月15-16には遠野で全国大会を控えていたこともあり、沢山の方が参列されました。
・島根県からも四十二浦巡り再発見研究会、出雲学、風土記を訪ねる会などの関係者20名近くが参列しました。
・参列者を代表して出雲大社権宮司千家和比古氏が弔辞を述べられ、改めて関和彦氏の島根県、とりわけ出雲古代史への想いの深さ、30年にわたる沢山の人との交流の厚さを再認識させられました。
・3月30日の深夜隠岐西ノ島町での講演会のテ-マについての問い合わせが研究会との最後の連絡となりました。隠岐諸島の風土記時代の様子をまとめたものを出版するため、隠岐古代史の調査を重ねておられました。
・昨年の4月に隠岐ユネスコ世界ジオパ-ク推進協議会の主催で、隠岐島文化会館で関和彦氏に講演頂いたのがそのきっかけともなりましたが、誠に残念というほかありません。
・出棺のときには、奥様関佳美さんが何度も「行ってらっしゃい」と呼び掛けておられたのが、胸の奥に残りました。
・神職の送る言葉の中に、「・・・人は皆深海より来りて、深海に去る・・・」と述べられたのが、印象深い葬儀でした。
・島根半島の地名と出雲国風土記に記述されている地名・神社名などから歴史を読み解き、その意味を説明された姿を思い起こします。
・思えば、国内の風土記、古事記などから重層的歴史書の現場を淡々と解説されていた事は、難しい歴史を身近なものとし我々の前にやすやすと展開されていたのは実に驚きでした。学校では学ぶことが出来なかった歴史学習を再発見していました。
・故関和彦氏の「島根半島四十二浦巡り再発見研究会」設立の動機付けとして「島根半島四十二浦巡り」を島根県の観光振興・地域振興に生かすことを目標とすることを提案されました。
・今その提案から研究会は「島根半島四十二浦巡りの旅」の出版、浦巡りバスツァ-、再発見講演会などに取り組み足掛け10年目となり、出雲大社の大遷宮の盛り上がり、また島根半島・宍道湖中海ジオパ-クが認定される中で島根半島と風土記世界の探訪を進め、島根半島と隠岐諸島をつなぐ小泉八雲の足跡を訪ねるガイドブックの刊行とその普及を推進める「小泉八雲再発見講演会」等の企画をして居ますが、今後も関和彦氏の意向に沿うよう進めたいと思います。
・沢山の「関和彦ファン」の皆様にお応えする事業を研究会としても今後模索していきますので、提案・ご希望等あればお知らせください。

○宝仙寺は、東京都中野区(中野坂上)にある真言宗豊山派のお寺で、御府内八十八ヶ所の第十二番札所、関東三十六不動霊場の第十五番札所です。(研究会事務局長木幡)

3.3 島根半島四十二浦巡り再発見研究会「故 関 和彦 研究座長」の逝去について
3.3 島根半島四十二浦巡り再発見研究会「故 関 和彦 研究座長」の逝去について
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